純粋な心の神である母から自由になることとは・・・

 

私の母は、とても純粋な人です。

 

本人は、たぶんいつでも人のことを思って良かれと思ってやっているつもりなのです。

ただ、その考え方ややり方が独りよがりなだけなのだと思います。

 

それは時々、とんでもなく人を批判し、否定し、傷つけますし

人の領域にズカズカと土足で入って行きますし

自分の正義を押し付けます。

 

でもそれは、彼女的には「あなたのため」なのです。

少なくとも母はそう思っている「つもり」なのです。

 

たとえそれが自分の都合のいいように人を操る手段だったとしても

母自身にその自覚がないのです。

 

だから、母のしたこと、言ったことを受け入れない私たちは

ひどい人、怖い人、冷たい人、非常識な人になるわけです。

 

自由へ手を差し伸べる

 

母が「してくれる」こと「言ってくれる」ことを拒否すると

母は私達を言葉で攻撃します。

 

常識のない人たちに常識を教えてあげなければと

機関銃のようにまくし立てます。

 

お酒が入るとキチガイのように泣き叫ぶし

酷い言葉をぶちまけて、これで縁も切れるかという状況になります。

 

そして次の朝になると、母だけケロッとしています。

 

こちらは翌日も嫌な気分を引きずっている・・・というか

もう縁も切るかという状況で、口が利けるかという状況です。

 

そこへ母は

「なんやの?そんないつまでも大人気ないなぁ」

「家族や親せきやったら、それくらいのこと言うわな」

「そんな神経細いようでは、世間でやって行かれへんで」

 

これがお決まり文句です。

 

母はいたって普通、正常なのです。

間違っているのは私達。

 

こう何十年も、私達家族と、母の家族はこうやってきたのです。

 

母は神です。

母の言うことはすべて正しい、母の施しはすべて受け入れなければならないのです。

 

そしてこのことを知っているのは、私の両親と私達兄弟。

母の両親(もう亡くなりましたが)と母の妹達とその家族。

 

その狭い世界で繰り広げられていることなのです。

 

何も知らない母の友人は、母に冷たい私のことを非難します。

何も知らない少し遠い父方の親戚は、なぜお父さんの面倒を見ないのかと思っているでしょう。

 

父のところへ行くには、大きな鎌のような刃がグルグル回っているころを通らなければならないのです。

 

私達が普通に自由に生きるためには、その純粋な心の神を傷つけ、

淋しい思いをさせなければならないのです。

 

 

そのために私は昨年からカウンセリングを時々受けています。

 

 

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